兵庫県出石町・田渕に建つ温泉施設である。
温泉施設というと観光施設として計画されることが一般的であるが、この「乙女の湯」は出石町民が気軽に日常的に利用できる「町民自身のための施設」として計画された。また、地元の方々が自ら施設の維持管理や運営を行いうる施設とすることも、計画当初からの基本的な考え方のひとつであった。
こうした前提から、町民が毎日利用できる安価な利用料による維持管理ならびに運営計画を想定した上で、建築施設の諸仕様を定めるとともに、日常的に親しむ上で飽きが来ず愛着を感じうるよう努めて素朴な施設とすべく計画を進めた。

一見の観光客の目を奪う派手な観光施設とするのでなく、豊かな自然と歴史に彩られた出石の風景に溶け込み、毎日眺める日常の風景の一部となるよう「出石らしい建物」とすることに腐心しているのは、これまでに出石で関わることの出来た建物と全く同じ姿勢を貫いている。
故・宮脇檀は、静思堂に始まり、伊藤美術館、出石町役場、出石中学校などの建物を通して20年以上にわたって出石を愛し、出石のまちづくりを考えてきた。その宮脇檀とともに出石の町に関わりを持てた我々が、出石町の公共建築として最後となるこの温泉施設の設計において、宮脇の考えたであろうことを具体化しようとしたものでもある。
色や形、素材など目に見えるものとして現れる建築施設が「出石らしさ」を備えることを求めただけでなく、宮脇がそうであったように、その施設を利用することを通じて日常生活の中に目に見えない「出石らしさ」が醸成されていくこと、出石らしい心や交流が培われていくことを願った建物である。